シリコンバレー 仕事探し

先日ちょっと忘れていたような日本語に出会いとても嬉しくなりました。33年もこちらにいると(人生の半分以上です)、だんだんと日本語を忘れていくようです。日本語の小説は好きなので今でもアマゾンを通して買うんですがまず書かなくなったので書くという意味での漢字力は激減(でもね、古文も読むので読むほうなら負けません)、それでもやはり忘れつつある。さてその言葉とは

意気地なし

であります。 勇気を出しなさいとか、勇気ないね など勇気という言葉は使いますが、意気地なし。。。 まあ、使いません。

仕事探しには勇気が必要だったりする。 何度が書いてますが、学会、コンファレンス、トレードショウなどは実に仕事探しの場でもあるんですよ。特に発表なんか、自分が質問してやろうと思うような発表でなければ後で録画されたものを見れば良いし資料はもうあるんだから部屋で座っているより徘徊して声をかけるに限るわけですよ。履歴書をもって歩いているような学生だっています。

学生ならインターンシップです。こちらの大学に留学でもしているならぜひ。できるかな?なんて思わないことです。インタビューがあるので備える必要はありますが。

一番は紹介です。 そう、何度か書いてますが従業員の紹介。これが一番早く面接にたどり着ける。 私はこれまでほとんどその紹介が発端で転職しています。 紹介されるには 人脈が必要ですね。 人脈を作る方法は一つの会社にいずっといては難しいことが多い。 回っていくことです。

それと、これはと思う上司とは縁を切らないこと。私は3人の元上司がいますが、縁を切っていません。元上司の上司とも縁を切っていないのでそういう意味では10人ほど。

とここまではこれまでのBLOGにもっと詳しく書いてますよ。

それにPLUSするなら、顧客です。 顧客の紹介で仕事に就くことも多いんですよ。 エンジニアをしてると顧客は無いかもしれないですが、ベンダーと接触のあるようなポジションならベンダーを通してなども。 これらは転職というより仕事を失った時などに手助けとなることがあります。私の今いる会社は顧客の紹介です。今の同僚は以前は私の顧客だった。。。今は対等な立場ですよ、もちろん。

日本人は大学、エスニックグループという要素はとても弱いですからちょっと不利なのですね。 これらがとても強い集団もいます。彼らはその集団で仕事を探したりもするんですがね。 日本人はあまり聞きませんね。これはおそらくどこに行っても同じだろうかな? 海外に移民として出ていったのは明治の開国後の一時期だけなのだろうか?と考えたことがあります。ハワイ、フロリダ、ブラジルなどに行きましたね。 頭脳の流出が始まろうとしているようですが、それとて個人個人が独自にするのかな? 前にも書きましたがあまり助け合わないですね。80年代後半一人でやってきた折、それはとても感じました。村に入れなければ同じ日本人というのはあまり関係ない。 XXX村出身であることが大事でした。XXX村とは当時はXXX会社の出向という意味です。もしくはXXX大学への留学とかね。 出向か現地採用かでも村が出来てましたね。出向組の仲良しクラブには現地採用は入れなかったです。そこが日本の限界なのかもしれないと今では思います。