在米30年、私の収入遍歴はというと全然褒められたものではない。。。
始まりは1989年、東海岸。日本はバブルに入っていて日本人の給与の方が多かった時代です。ストップボーナスなどこの会社はなくまさしく額面だけ。平に近い従業員だったのでいわゆるボーナスもなし。
カリフォルニアオフィスに転籍になった折に地域アジャストメントということで給与がずいぶん上がりました。当時からカリフォルニアは生活費がずっとかかったのです。まだ額面通り。
会社がどんどん斜陽化していったので初めての転社を経験。いわゆるシリコンバレーの会社に入ったので給与が30%程度増えた。ボーナスもストックボーナスも始めてもらいました。が、その会社倒産。。。つまりストックボーナスは紙切れとなる。。。
当時の上司が地元テキサスに戻っていったのを機に私も転社。転社先はその上司の勧めで日系の大会社。設計マネージャとして入社。そのころからいわゆるドットコムがはじまり日系の会社はストックオプションもRSOも持っていなかったので人材を集めるべくとにかく給与が高かった。一気に2倍になりました。それでもドットコムの真っ最中。私はマネージャとして部下を雇う立場になりましたが苦労しました。良い人材には私よりはるかに大きな給与を何度も提示しました。それでも中々集まらなかった。。。あの当時資金を潤沢に持っていたベンチャーの中には入社時のボーナスに5万ドル、10万ドルを出すようなところもあったのです。お金だと税金がかかりますから会社が購入した高級車を通勤などのためにあてがうような会社もずいぶんあったと聞きます。これだと税金はかかりませんからね。
元上司、同僚の始めたベンチャー企業に移籍。8か月で辞めてしまいましたが給与は半分近くにまでダウン。なんで選んだのか?今思うと???ですよ。ここはすぐやめて別の会社、そこも元上司、同僚などが居た会社ですが、移転。 給与はずいぶん回復しましたがそれでも日系企業に居たころと比べるととても低い。ボーナスはありませんが大きなストックオプションをもらう。残念ながらその後なんどかの新たな資金調達をしたので13年後買収されたときには割合は0.3%程度にまで縮小してしまいました。ベンチャー企業は自分が持っているストックオプションの割合がとても重要なのです。当初2%でもその後の資金調達でどんどん割合が減っていく。。。だからみな早くEXITしたい(IPOや買収されること)。
この会社生き残りましたが13年の間に3度のダウンサイズがあったので13年後買収された時点での給与は採用時より低かった。。。13年の間になんども転職の機会があった。。。元同僚の多くは転職していったのですよ、実際。中には著名な会社の副社長にまでなったのもいます。
買収されたことでストックオプションが実際の価値を持ちましたが買収方法が従業員には不利(投資したベンチャー投資家には有利)だったので巨額の税金を支払うことになりそれまで働いた従業員の不満はとても大きかった。
買収先の会社はボーナスもRSOもある会社でしかも買収時に給与のアジャストメントもありベース給与が一気に増えました。ここから先、私は収入が大きく増えた。
と遅咲きなのです。
理由は? よくからくりを理解していなかった、 につきます。 それと以前にも書きましたが転職の仕方、時期をよく把握していなかったことも原因のひとつです。
このBLOGを書いているのも、働くうえで収入、昇進、昇給というのは大切な要素。よく理解しておく必要がある。 特に現金だけではない要素を見ておくことは重要です。
よく理解して、同じ仕事をするなら自分に利益になるように進むことは悪いことではないです。 ”おかねなんか、後からついてくる”というのは基本的には嘘です。TV(ドラマなど)や成功した人が発言することがありますが実際には嘘だと思って間違いないです。同じ仕事をするなら実入りの良いほうを取るのが現実的なのです。経験は同じように積むことができます。 低収入の方がたくさん経験を積める、 そんなわけはないのです。
仕事、会社選びは収入だけで決めるわけではないですが、収入は重要な要素です。収入を条件の下の方に持っていくようなことはしないほうが良いです。それで何度も失敗している私からのアドバイスです。